雑記・コラム

日記は未来の財産。だれかの感動。戦時下の兵士の日記から気づいたこと。


【芸能人でもあるまいし、日記や自分語りのブログを書いても収益化できません】
という現代のブログ。

そんな中で日記が持つ力を知ることになったので綴っておきたい。

ブログと日記

ブログとは「WEB+ログ」を略した単語で、ログとある通り日誌(日記)の要素を持ったWEBサイトのこと。

昨今では読者に対して有益な情報を提供することの対価として収益を得ることを目的としているブログがほとんどなため、

・有益な情報
・ノウハウ

これらを発信してこそブログということになっている。

どうやら日記としてブログを綴る人は以前より少ないようだ。

戦時下の日記で感じたこと

そんな思いがある中、たまたまみた「世界の何だコレ!?ミステリー」で心が震えた話をしたい。

それは真珠湾攻撃に関わった若き日本兵の日記

とある青年が発見した祖母の遺品の中には、当時の貴重な新聞、上空から撮影された生々しい写真…
そして一緒に入っていた日記には、真珠湾攻撃当日の様子が記されていた。

TVでよく見る当時の兵士たちの達筆な字でびっしり書かれた縦書き、装飾もないまるで資料のような冊子。

真珠湾攻撃当時の日記には、
帰らなかった戦闘機の数も記されていて、確実にその場にいたこと、真珠湾攻撃後に綴ったことがはっきりわかる。
「悲惨」という言葉も使われていた。

番組では文章の一部しか紹介されていないが、淡々としているその体現止めの文章から、私はどこか恐怖と苦しみを感じたが、私のその感覚が正しいのかさえ分かり得ない。
それほど当時の方々の気持ちに寄り添うことは困難である。

ただ一つ、これは間違いないと強く思ったことがある。

その日の状況を綴った日記という一冊は、時を経て未来の財産になるのだと心が震えた。

どんなに詳細に書かれた論文も教科書も、そこに居た誰かの日記には勝てない。
そこに居た人の言葉、字、文脈、すべてが写真さえもかなわい程の映像を映し出している気がした。

まとめ

例えばコロナ禍。
得体の知れないウイルスが発生したという状況の時から、日々の生活・世情を日記で綴っている人がいたとしたら、それはいずれ世界の財産になるだろう。

今この時だって、100年後には過去。
私たちが綴る日記は財産になり、だれかを感動させる本になる。

誰一人同じ人はいないのだから、書いた人すべての日記が財産になると、心から思う。